増原メッセージ:(19)レーザーによる物質創製の時空間制御

レーザーアブレーションとトラッピングの化学
通常物質に光を照射する場合、物質を構成する分子原子の数は光子の数よりも断然多い。しかし顕微鏡下にレーザーを集光すると、その差を圧倒的に縮めることができる。高密度に光吸収が起これば物質は分解飛散し、その部分に穴が開く。光が吸収されなくても、分子は並びながら焦点に引き寄せられ集合する。このアブレーションとトラッピング現象を駆使すれば、新しい物質創製の道が拓かれる。
レーザーは今なお新しい
1960年にルビーレーザーが初めて発振した。1968年に阪大基礎工学部の博士課程一年生だった私は、日本の化学系の大学院生としてもっとも早くレーザーを使うチャンスに恵まれた一人である。指導教官の又賀f先生(故人)は、今後すべての光源はレーザーに置き変わる、レーザーにより全く新しい化学の研究が可能になると、我々を鼓舞した。事実レーザーは科学技術のあらゆる分野で使われてきた。レーザーの発明以来54年を経たが、今なおレーザーを駆使した研究と技術開発は日々進展している。この様なレーザーの科学技術研究における高いポテンシャルは、若い研究者や大学院生を魅了し、研究開発に加え人材育成にも貢献している。
レーザーを用いた研究は、分光、反応、計測、制御、加工、通信、エネルギー、環境、医療など多方面の科学研究と技術開発に有用である。量子力学、統計力学の支配するミクロなレベルから、材料構造、生物個体形成、生命機能のマクロレベルに至るまで、光を手掛かりに理解していくことができる。その基盤となっているのはレーザーと物質の相互作用であり、その研究は光に関係する科学技術の問題解決にとどまらず、科学技術一般に有効な新しい概念や方法論の発想を与える。ここではその一例として、レーザーアブレーションとトラッピングによるナノ粒子作製と分子結晶化について述べる。分子論的電子論的に理解できるレーザーと物質の相互作用が、様々な非線形過程を経て、物質創成に至るダイナミクスとメカニズムを見て取ることができよう。
レーザーアブレーションによるナノ粒子作製
物質による光吸収が高密度に起これば、その部分のみが高エネルギーになり、分解し細かい粒子となって飛散する。この現象は輝度の高いパルス光励起によってのみ起こる過程の重ね合わせの結果起こり、アブレーションと呼ばれている。照射部分だけが飛散し穴が開くので、デバイス作製における微細加工技術として、外科手術にレーザーメスとして使われている。メカニズムとしてまず提唱されたのは光化学機構である1)。レーザー励起により生成する高い電子励起状態において化学結合が切れ、この分解反応が高密度に起こるため照射部分が一挙に気化してしまうと考える。励起に伴うプラズマ発生がアブレーションの原因とする考えもこの機構に入る。分解反応よりも速くエネルギーが分子振動、格子振動へ変化されれば熱になり、高温になった体積部分のみが熱分解を起こす。これが光熱機構であり、有機固体、生体、半導体、金属をナノ秒パルスレーザーで励起した場合一般に見られる。非常にパルス幅のせまいフェムト秒レーザーで励起するとその部分のみ激しい分子振動、格子振動が誘起され、その振動が周囲に伝わる(熱伝導)前に、照射部は破壊され表面から空気中へ放出される。我々はこれを過渡圧力機構と呼んでいる1)
図1.液中レーザーアブレーションによる色素のナノ粒子化,(上段)レーザー照射に伴い着色する試料溶液,(下段)作製されたナノ粒子の電子顕微鏡写真
一般にアブレーションの研究は、物質が飛散した後の表面を物理的化学的に分析評価し、微細加工された表面をいかに応用するかにある。しかし化学、材料創成の観点から見ると、分解飛散した粒子こそが新しい研究対象である。問題は如何に飛び散る微粒子を捕捉するかであるが、水中でアブレーションを引き起こすと、放出された粒子が会合することなく均一に分散する2)。ここでは有機色素を例に取り上げ、図1で説明する。塩化アルミニウムフタロシアニン(AlPc)、オラリスブリリアントピンク(BP)、ディープレッド(DR)は、ブルー、ピンク、赤の各色を示す色素であるが、有機分子なので水に溶けない。それぞれの微結晶を水中に入れ、撹拌しながら高輝度のナノ秒レーザーパルスを照射すると、アブレーションによりナノ粒子が水中に放出され溶液は着色する。電子顕微鏡でサイズを測るとそれぞれ数十ナノメートルのサイズになっていた。この水中アブレーション法は、パルスレーザーさえあればできるので、研究室レベルでは最も簡単なナノ粒子作製法といえる。レーザーパラメーター、溶媒、温度などの条件を変えれば、サイズ、形状、さらに場合によっては結晶多形、したがって光学特性をも制御できる。作製した分散溶液は添加物や安定剤なしでも安定なので、動物実験にも使える。またデバイス組立への応用も盛んである。同様な手法で、無機物や半導体のナノ粒子作製も活発に研究されており、この特集でも取り上げられている。
レーザーアブレーションによる細胞操作と分子結晶化
分子分散溶液に高輝度のレーザーパルスを集光するとやはりレーザーアブレーションが起こり、数十マイクロメーターサイズの気泡が発生する。その生成速度は極めて速く、焦点から周りに伝搬する衝撃波が発生する。我々はこの力を利用して各種結晶や細胞などを非接触、非破壊で、操作する方法論を開発し応用してきた1)。また気泡の発生は溶液中に新たに界面を形成したことになるが、一般に界面では結晶化が起こりやすい。したがって、飽和溶液中にこの気泡を発生させれば有機分子やタンパク質の結晶化が可能になる1)。2002年に、細川、安達、森、佐々木博士らとリゾチームのフェムト秒レーザー照射結晶化に成功して以来、この結晶化法は多くの注目を集めている。安達氏らはこの技術を実用化のレベルにまで育て、阪大発のベンチャーにつなげた。我々はそのダイナミックスとメカニズムの研究を続けているが、時空間制御可能なこの手法は、結晶化とそれに続く結晶成長のダイナミクスを観察するのに有効である。一例として、単発のフェムト秒レーザーパルスでシクロヘキサン中のアントラセンが結晶化していく過程を図2に示す。レーザーでできた気泡の表面で結晶化が起こり、それがサブ秒のオーダーで成長し、結晶本来の形状になっていくダイナミクスが直接観察されている。

図2.レーザーアブレーションによるアントラセン結晶化のダイナミクス
レーザートラッピングによる分子結晶化
物質の光吸収が起こらなくても、レーザーの光電場と物質の相互作用により新しい現象が起こる。顕微鏡に高出力のレーザーを導入すると、マイクロメーターサイズの微粒子は焦点に一つだけ捕捉することができ、ナノ粒子の場合は多数集まる。この現象は、波長より大きい物質が対象の時には幾何光学で、波長以下のサイズのものには電磁気学で説明できる。いずれの場合も顕微鏡の焦点に向く力が働き、対象は焦点に固定される。このレーザートラッピング現象は、細胞の操作、配列パターニングなどに使われているが、我々はこの手法と各種分光を組み合わせ、マイクロメーターオーダーの単一微粒子、単一液滴を溶液中で捕捉し、それらの分光特性と光化学ダイナミックスの研究を系統的に展開した3)

図3.ナノ粒子のレーザートラッピング
室温溶液中でナノメーターサイズの単一分子を捉え、自在に反応させることは化学者の夢である。しかしながら分子1個に働く捕捉力は弱く、ブラウン運動が激しいため、実際には困難である。我々は10ナノメートルオーダーの高分子、超分子、分子会合体、金微粒子などのナノ粒子を溶液中レーザートラッピングの対象とし研究を進めてきた。そのトラッピング挙動は図3のように分類して理解することができる4)。ナノ粒子間の相互作用が小さい時には、ポテンシャルが形成される焦点領域にのみ集合し、閉じ込められる(JUST TRAPPING)。強い分子間相互作用がある時、あるいは局所温度上昇が焦点周辺の物性変化を誘起した時には、焦点の周囲数十マイクロメーターに会合体が広がって見られる(EXTENDED TRAPPING)。焦点で相変化につながる核化が誘起された時は、結晶化、液々相分離が起こり、時にはミリメーターの大きさにまで成長していく(NUCLEATION & GROWTH)。 有機溶媒中の高分子、水中のポリスチレンナノ粒子、シリカ粒子は、JUST TRAPPINGのケースで、その集合体は焦点サイズ程度である。水溶液中のアミノ酸や蛋白質は水分子を含んだクラスターを形成することが知られており、そのサイズは10ナノメートルオーダーである。溶液中では焦点に捕捉され、集合体を形成するが、やはりJUST TRAPPINGのケースであった。しかしレーザー光をグリシンの過飽和溶液の気液界面に集光したところ、10秒オーダーで結晶化が見られた。照射した焦点から、単結晶が一つだけ成長してくる。一方、セルの底部の固液界面に集光するとその位置から液々相分離がおこり、高濃度部がレンズ状の液滴を形成する新現象を見出した。これらの結果を図4に示すが、これが我々の言うNUCLEATION & GROWTHの代表例である。レーザーによる焦点での分子集合と配向が表面・界面の助けを借り、核化を誘起し、成長したためと考えられる。 このレーザートラッピング結晶化は各種アミノ酸に共通に見られる。レーザートラッピングならではの特徴としては、結晶化、結晶成長の時空間制御が可能になること、不飽和溶液からの結晶化も容易であること、レーザーの偏光と出力で結晶多形、サイズの制御ができること、があげられる。将来はレーザー結晶化による光学活性体の分離も夢でない。また最近になってリゾチームの結晶化と結晶成長制御に成功する一方、蛋白質のアミロイド化、超分子の巨大会合体の形成なども見出している。研究は今後一気に広がる兆候を見せている。  

図4.レーザートラッピングによるグリシンの結晶化と相分離
今後の展望

レーザーアブレーション、レーザートラッピングの研究対象は分子系に大きくシフトしている。今後はプラズモンによる光電場増強を取入れ5)超解像写真や観察法を組み合わせ、より高い精度で時空間制御しつつ新しい物質を創成していくことになると期待される。

1) H. Masuhara, Bull. Chem. Soc. Jpn., 2013, 86, 735.
2) T. Asahi, T. Sugiyama, H. Masuhara Acc. Chem. Res. 2008, 41, 1790.
3) 増原宏、喜多村昇、三澤弘明、玉井尚登、笹木敬司 (編著), ?マイクロ化学:微小空間の反応を操る”, 化学同人, 1993
4) T. Sugiyama, K. Yuyama, H. Masuhara, Acc. Chem. Res. 2012, 45, 1946.
5) 坪井泰之, 東海林竜也, 分光研究, 2014, 63, 195.

(このメッセージは日本化学会会誌「化学と工業」2015年2月号特集に寄稿した文と同じです)


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